もう、いらない。

 

ふと、自然にそう思えた。

良かったね。

 

コレ、もういらない。

 

多分、私はコレにすがって生きてたんだ。

 

これがあるから、出来ない。

うまくいかない。

 

これがあるから、きっと夢なんて叶わない。

 

本当は、本当にやりたい事では無かっただけ。

 

 

コレがあるから、実家に居たくない。

 

本当は、一人暮らしがしたかっただけ。

自由になりたかっただけ。

親から離れたかっただけ。

 

 

ただ、それだけ。

 

昨日までは、コレことを

社会的に不都合な事、ダメな事

って思ってた

 

けど、今は

もう、いらない。

私はコレがなくても大丈夫。

コレがあるから特別って、自分の事思ってた。

 

けど、もう、分かってるよね。

 

出来ないふりするの、やめようか。

被害者ぶるのやめようか。

弱いふり、か弱いふりするのやめようか。

 

 

 

私は、もう、大丈夫。

 

歩いていこう。

ここから本当のスタートだ。

 

 

こぼれていってしまう。

考えていたことが、思っていたことが

次の瞬間にはもう忘れてる

忘れかけてる。

 

だから何か思考してた、けど、忘れてしまった

ってことだけ覚えてる。

 

物忘れ…?笑

 

やりたい事は、やりたいうちに。

書きたい事は、書きたいうちに。

 

時間は有限だし、思いも無限では無い。

考える、って行動自体は、命ある限り

無限に出来るように思う。

けど

考えた事柄については、覚えてられない

んだよね。

 

だから、私はメモ魔です。笑

 

書き残してないと不安だし

何でもかんでも書いちゃう。

無くなる(忘れる)事を自覚しているので。

 

どんなに素敵な瞬間も、思い出も忘れちゃうんです。

 

だから、書くことが好きだし

カメラで写真を撮ることも好き。

撮った時間を半永久的に残してくれる動画も好き。

 

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名前の意味。

 

調べてみて。

泣きそう。

 

心屋仁之助さんの

「あなたは「このために」生まれてきた!」

を読んで、自分の名前の意味を調べてみたんですよ。

 

それでね、私、別の記事でも書いてたんですけど

「最後の瞬間が好き」なんです。

なんか引っかかって記事にしたんですけど。

 

 最後の瞬間がすき。 - あかりダイアリー

 

名前の意味を調べると

「物事の終わりをあらわす」って文言があって。

 

 

ええ?!っていう驚きと

だからか…っていう納得と。

 

 

私、自分の名前にそんなに思入れがないって思ってたんですけど、でも好きってのには変わりなくて。

 

ペンネーム的な名前を考えている時も、名前に使われている2つの漢字はどこかに入れたいなぁって思ってて。

私にとって大切なものだからだろうなって思いました。

 

 

ここからまた何が見えてくるかな。

 

楽しみです。

 

やっぱり私、本読むこと、言葉を紡ぐこと。

好きだなぁ。

 

この時間が幸せだし、大好き。

 

ふかふかのソファに美味しいカフェラテ。

 

読みたい本に、適度に混んだ店内。

 

外は雨。

 

心地よいBGM。

 

 

幸せ。

 

 

 

 

 

頭が痛い。

とても、とても、頭が痛い。

 

なんでだろう。

特に片頭痛持ちでもないし、今日は気圧が何か変なのかな。

 

とても頭が痛い。

 

生きるのがつらい。

大変だと思う。

 

それはきっと未来ばかり見ているから。

明日のことばかり考えているから。

未来の自分にばかり期待している、気を取られている。

 

今の私がどうしたいか、何したいかなんてわからない。

 

ねえ、私、何がしたい?

 

会社を休んで、家に引きこもって

私は何がしたい?

 

毎日を丁寧に生きよう。

そう思った瞬間に、未来が色あせる気がして。

自分の価値がなくなるような気がして。

希望が幻になる気がして。

 

ずきずき痛む頭で考える。

 

ほっとした気持ちも

笑ってる時間も

癒しを感じているときも

 

私には、何か足りない気がしてて

何か大事なことを忘れている気がして。

 

日中、収まらない眠気

かと思えば夜は寝れない。

朝は起きれない。

乱れる食生活

増えている体重。

 

私、このままはいやだよ。

 

少しでもいいから、進みたい。

 

ちゃんと「私」になりたい。

 

 

最後の瞬間がすき。

 

何となく話の中で出た言葉。

だったけど、私の核心をついている気がして。

言葉を発したあとから

なんか、ずっと頭に残ってた。

 

中高の頃、「刹那に生きたい」

「輝いて生きたい。その瞬間は一瞬でも良い。」

そう思ってた。

 

その思いは少しずつ薄らいでいったけど

最近また少しずつ蘇ってきた。

 

10年という節目も何かあるのかな。

 

毎日、明日が最後だと思って「今日」を生きたい。

そう思いながらも

毎日をそういった気持ちで生きるのは、とても疲弊する。

そう、「疲れる」んです。

そう思って生きたとしても、「日々」はまだ続いていく訳で。

 

でも、ふと。

 

疲れる、のは、結局のところ

毎日、明日が最後だと思いながら今日を生きたいと思ったとしても

無い物ねだりをしてしまう自分がいて、叶わぬ願いを持って、何となくジレンマと後悔と不満を感じてしまうからかもしれない。

 

明日が最後だと思った時、今日やりたいこと。

 

例えば旅行だとしよう。

 

北海道に行きたい。

 

でも、今手元には旅行に行くだけのお金がない。

時間もない。

無いから出来ない。

やりたいと思っても、結局は出来ない。

出来ないことを考えるのは疲れる。

 

もしかしたら、そういう事だったのかも。

 

そう考えると

私はいつも、求め過ぎていたのかも。

 

「今」の自分に出来ることで、今日を素敵に生きるには?

 

遠くのものばかり見て、足元を見ていなかったのかもしれない。

 

では、問います。

 

今日、どう生きたい?

 

既に入っている仕事や予定があると諦めるのではなく

その中でも、数時間は自分の時間があるよね。

自分のために何をしてあげたい?

 

 

 

最後だと思うと、優しくなれる

最後だと思うと、恋しくなる

最後だと思うと、愛しくなる

 

私が、私の最後に、思うことはどんなことなんだろうか。

 

 

 

最後だと思うと、

 

 

良い女とは。

 

 

どんな人だろうか?

 

私の好きな美容師さんのブログを読んでいて思ったこと。

とても素敵な旦那さまと一緒にいて

とあるセミナーで「男は女次第!」という話があったらしい。

 

あと、

「自分を甘やかす事と、自分を愛している事は違う。」

「自分に甘い人間は大抵デブでブスである。」

 

らしい。

 

なんと鋭利な言葉たち!笑

 

刺さる、って事はその事に対して思う事があるから。

 

私、小さい頃から肥満児でして

標準体重になった事はあれど、理想の体型になった事が無い。

 

 

なんか、あと一歩突き抜ける事が出来ない。

 

ふと。

私の理想の体型ってどんな感じなんだろう?

 

菅本裕子ちゃんとか前田希美ちゃんとか?

石原さとみさんとか??

 

そういえば、イメージ出来てない気がするし、具体的にその理想の人たちが

何キロ?体脂肪は?

 

知らないし、そういう人たちがどんな食生活や運動をしているかも知らない。

 

うーん。なんだろう。

 

雑誌を見ながら、こんな風になれたらなぁ〜

って妄想してみたんですけど

なんかイマイチ。

イメージが掴めない。

 

うーん。。。

 

もう一歩、突き抜けてみたい。

 

痩せなきゃ愛してもらえない。

可愛く無いと愛してもらえない。

 

少なからずこういう観念もある気がする。

 

もう少し潜ってみよう。

 

 

 

人には出来ないこと。

 

なぜか出来てしまう。

習ったわけでも無いのに。

何故か出来たし、続けてる。

 

私にとってそれは、文字を書くこと。

 

詩なのか作詞なのか、単純に書くこと。なのか。

 

なんと言っていいのか定義がわからないけど

共通しているのは、感情や想いを言葉にする。ってところかな。

 

 

昨年までボイストレーニングに通っていたんですけど、そこでやった作詞の授業のとき。

 

「昔どこかで習っていたの?」

 

って聞かれるくらい、感覚で「作詞すること」をなんとなく捉えていた。

詩と詞の違いや、Aメロ、Bメロの違いなど。

 

自分でもびっくりして

でもなんだか嬉しくて

泣きそうになった。笑

 

私もしかして書くために生まれてきたのかな。

 

って思った。

 

そのあとレッスンが進むにつれ、感性が死んでいく感じがした。

テクニックとか印象に残るためには、とか。

なんか気持ち悪くなって。

楽しかったんだけどね。

 

だからそのレッスンは1度きり。

 

私が、好きで尊敬している美容師さんがいるのですが、その人のブログにこんなことが書いてあったんです。

 

「人それぞれ何かしら得意なことや他の人には出来ないようなことが出来る場合、その分野の神様やサポートがついている」

 

私にはそういうは無いなぁ、って落ち込みつつ。

ちょっと考えて出てきたのが、作詞レッスンの時の話。

 

確か初めて書いたのは小学4年生くらいの時。

なんでだろうな。

なぜか書いてた。

 

でも書くことにしか基本興味なくて、詩集を読み漁った、ってエピソードは無いんだよね。

 

好きだから読む。

書くために読む。っていうのは私の中で、なんか違う。

 

 

私のこの昔から続いていた、 想いを言葉にする事ってことが何につながるかまだよく分からない。

仕事にするっているのもよく分からないし、仕事にしなきゃいけないんだろうか?っても思う。

 

上手いねって言ってもらいたいわけじゃなくて

ただ、それをしていたいだけなんだ。

 

今気づいた。。笑

 

そのことに付随して、私がもうひとつ好きな事が、人と対話すること。

その時思うのは、その人の悩みに対して対話する。って感覚。

 

そういえば。

happyさんの「幸せの教科書」を読んでいた時。

 

「私なんか…」と自分を卑下して言ってしまった人に対して、happyさんか「自分にそんな失礼なこと言わないでください!」と怒ったエピソード。

 

その人の本心がhappyさんを通して発言された、と本には載っていました。

 

そう考えると。

 

私は人との対話が好き。

私は魚座でして、魚座は自分以外のものと一体化したがるらしい。

 

なんか、なんかね。

 

その人の「本心」を探して潜る感覚ってたまにあって。突き詰めて突き詰めて、掘り進めていく。整理する。

 

その人の本心を私の身体に降ろして、対話する。

 

なんかそんな事をもしかしたら私はしていたのかも?と思ったり。

 

そうだったら。

もしそうだったら。

 

とてもとても嬉しい…。

 

そういうことが少しでも出来てたりして

私と関わった人達が少しでも救われて、自分を大切にしてあげれてたら。

 

…良いな。

 

すごく素敵。